南沢奈央の読書日記
2017/10/13

山を越える

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撮影:南沢奈央

 三か月ほど前からボルダリングに夢中になっている。うまく出来たらもちろん嬉しい。だけど出来ないことも楽しいと思えるスポーツに出会ったのは、初めてかもしれない。
 いつも気付くと二時間以上登り続けていて、帰る頃にはペットボトルを持とうとしても落としてしまうくらいに、握力がなくなっている。ボルダリングは身体も頭もフルに使う。まず登る前に壁にある石を観察して、ルートを考え、脳内でシミュレーションする。だが、いざ登り始めても、イメージ通りにいくことは少ない。全く動けなくなったり、次の石に届かないことがある。そして原因を分析する。この時間が、すごく楽しいのである。
 わたしの場合、技術や筋力が足りないということよりも、メンタルの部分で弱点が多い。出来なかった理由を考えた時によく出てくるのが、三つある。まずは、恐怖心。高くなるほど、怖くなって動けなくなる。二つ目は自信の無さ。自分の身体を信じられていなくて、足に体重を預けられなかったり、手を伸ばせなかったりする。
 一番痛感したのは、自分への甘さだ。もうひと頑張りが足りないと気付いた。駄目そうと思うと一回降りてやり直そうとすぐ思ってしまう。だが不思議なことに、そこで友人やジムの方から「がんばれ!」とか声を掛けてもらえると、ゴールまでいけたりするのだから、自分の甘さがつくづく嫌になる。

 ある日、一緒にボルダリングに行った友人がそんなわたしを見て、もしかしたら山登りをやったらいいかもと勧めてくれた。そういえば、この夏、ちょうど山に興味を持ち始めていたところだった。家に帰って、鈴木ともこさんの『山登りはじめました』を読み直した。五~六年前から何度も読んでいる大好きな一冊だが、ちなみにわたしは、まだ山登りを始めていない。
 運動音痴で体力ナシ、小心者で根性ナシという著者が、リアルな山登り体験を綴ったコミックエッセイである。初心者の女三人で行く高尾山と尾瀬・至仏山、アクティブな友達との木曽駒ケ岳、夫婦でポジティブに登った立山と富士山、これまた運動音痴という両親との親子三人の鎌倉アルプス、仕事仲間と行く丹沢・塔ノ岳。同じ登山と言えど、メンバーと行先が違うだけで、感じることや楽しむポイントが全然違って、毎回発見があるのが山での時間のようだ。
 読んでいるだけで、楽しい気分になっていたのはこれまでのわたし。今のわたしは、登山欲が湧き上がってきている。それと、まだ登っていないのに何度も共感で頷いていたのは、ボルダリングを始めたからだろう。
 山を登っていて苦しくなった時に「支えてくれたものベスト4」というのがあった。第4位が、ごほうびのおやつ。分かる分かる。ボルダリング後の最初の一杯がとにかく美味しい(おやつじゃないけど、ごほうびなのです)。第3位は友の励まし。前述したように声援が力になるというのは実証済み。第2位、すれちがう人達とのあいさつ&会話。ジムの方が教えてくれたり、ひとりで来ている同士でアドバイスし合ったりする。すると突破口が見えたりするのだ。
 だが第1位の「ふり返ってみる風景」だけは、ボルダリングでは決して体験できない。山でしか味わえないものである。そうなってくると、ご褒美や周りの人とのコミュニケーションよりも活力になるという風景がどんなものなのか、知りたくなってくる。

 ボルダリングは何度も同じ課題に臨むことができるし、途中で他の課題に移ることもできる。それに比べて登山は、長い時間をかけて大きな一つの課題に向き合う、壮大な挑戦だ。踏み出したら、途中で投げ出すことは出来ない。山を自分の足で越えることによって、自分の甘さを克服できるのではないか、そう思った。著者が山頂に来たときに感じた「生きることに対する自信」というものを、わたしも得てみたい。
 この本を片手に登山計画中。「山登りはじめました」という報告、楽しみにお待ちくださいませ。

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