南沢奈央の読書日記
2018/04/27

憩う旅に出ましょ

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撮影:南沢奈央

 どうしてもお寿司が食べたくなっていた。閉店間際のスーパーに駆け込み、さまざまな種類の握り詰め合わせを買って帰った。鳴るお腹とお寿司を求める口をどうにか黙らせて、蓮根と人参の金平を作って少しばかり食卓を豊かにしてみた。そしたらお酒が飲みたくなり、芋焼酎を水で割った。さらに思い付く。ここに、杉浦日向子さんの『憩う言葉』があれば、なお良い。それをキッカケに今週は、蕎麦屋に行っては本書を開き、銭湯に行っては本書の言葉を思い出した。
 そもそもここ数日のわたしは、やけに「和」のものを欲していた。元々好きではあるけど、本能的に。このゴールデンウィーク、仕事のために日本を離れるからだろうか。日本が恋しくなることを想定して、味わい溜めるモードになっている模様。
 神社やお寺を見て日本を感じるように、わたしは今ではなく、むかし、特に江戸に“日本らしさ”を感じる。だから、杉浦さんの本をこのタイミングで欲したのだと思う。

 杉浦日向子さんは漫画家であり、エッセイストであり、そして江戸風俗研究家である。本書は、彼女が生前残した作品の中からご遺族が抜粋した“言葉集”だ。「憩う」「呑む、食べる」「男女」「隠居」「杉浦日向子」にテーマ分けされている。ここから、江戸が見えてくる。そして、最後には杉浦さんに会ったような気分になるのだけど、不思議なことに彼女は研究家ではなく、江戸人そのものなのではないかと思えてくる。本人もこう残している。
《江戸を調べているという感覚じゃなくて、思い出しているっていう感じなんです。》
 時空を超えて江戸時代から現代にやって来てしまった人のような発言だ。そんな彼女が残した言葉は、現代人へのメッセージなのではないかと、わたしは受け止めた。
《仕事に忙殺される人生ではなく、その日その日を、いかに楽しみ、いかに遊ぶかです。》
 このゆとりだ。この日々遊ぶ余裕を持ちたい。
 明日からのゴールデンウィークに向けて、今日まで慌ただしく仕事を片付けた方も多いのではないだろうか。あるいは、少しだけ仕事が残ってしまったから休み中に家でやらねばならない方。お疲れ様です。何かに追われる毎日は、本当に疲れる。
《ちょいちょい憩いましょう。ぼちぼち、うまくサボリながらやりましょう。だって、私たちは、もう十分におとななのですから。》
 いつの間にかおとなになっていたけれど、サボる方法をよく知らない。憩う方法と言えば、趣味だろうか。わたしは趣味を沢山持っている。読書、落語、プロレス、ボルダリング、旅行、銭湯、等々……ちょうど最近友人と話していて、実は自分のことがよく分からなくなった。どうしてそれらに時間を割くのだろうか、どうして息抜きになるのだろうか、と。
《非日常的な無駄な時間を重ねて、その時間分、日常から遠ざかるのが旅だろう。遠ざかる時間そのものが、旅ではないのか。》
 そうか、わたしは“旅”をしたいのだ。読書も落語も、別世界への旅。超人的な身体能力を目の当たりにするプロレスも、壁と石に向き合うボルダリングも。旅行はもちろん、全裸で見知らぬ人とお風呂に入る銭湯も。日常から離れる“旅”は“憩い”になる。
 わたしは今週海外へ旅に出る前に、江戸を、日本を旅することができた。《仕事を労働とは思わず、道楽ととらえること》をカバンに詰めて、行ってきます。
 明日からの連休、みなさんもそれぞれの“旅”に出られますように。

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