南沢奈央の読書日記
2019/02/22

読書再開日記

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写真:南沢奈央

 筋トレを始めなくては。いや、リハビリと言うべきだろうか。
 今年に入ってから、約2か月もの間、ほとんど読書をすることができなかった。ゆえに、この読書日記も書くことができなかった。
 すると、読書する体力は落ち、執筆する筋力は見事に落ちていった。今まさにその現実と対面している。
 不思議と、キーボードを叩く手だけは衰えることも知らず、ひさびさの仕事にやる気満々。一文打ってはBACK SPACEキーを連打することでさえも、躍動している指たちよ……。このギャップも辛い。 

 一方で、わたしの実際の体力はというと、確実に上がり、筋肉もついていた。特に足腰が強くなった。
 それは年明けから、上演時間約3時間20分の舞台「罪と罰」の公演を、全40回やったからだ。
 幕が開ける前、初めて実際の舞台セットと衣装で本番同然に通してやった時には、マラソンをしているようだ、と思った。階段のある舞台セットで、留まらずにほとんど動き続けた。
 集中して無我夢中になっていると、3時間20分はあっという間だった。毎日、何度繰り返しても。だけど家に帰って緊張の糸が切れた瞬間にどっと押し寄せる、疲労といったら。
 疲れると、欲を持つことさえもできなくなる。
 お腹は空いている。だけど何を食べたいのか思いつかない。
 本は読みたい。だけど何を読みたいのか選べない。いつもだったら、「今、これ読みたい気分!」とアンテナが反応するのだが、未読の本が並ぶ本棚を眺めてもピンとくるものはなく、かといって本屋さんに行く元気もなかった。

 ある休演日、他の仕事へ向かっている時、本屋さんの前を通りかかった。時間もあったから、ふらぁっとなんとなしに入ってみた。本を選ぶ気力がないことは分かりつつも、好きな本の匂いに囲まれて、並ぶ本の表紙や題を見ながら歩いたら、少し気分が癒された。
 そして、一冊の本にみずから手を伸ばしていた。
 帯に「絶対、笑う。」とある文庫本の題は『笑うな』。
 ただそのシンプルな文句で、読みたくなった。今思うと、笑いたかったのかもしれない。
 舞台本番中のわたしにはもってこいの本だった。ショート・ショート集だから、一篇読むにも体力はそんなに必要としない。さくっと読めてしまう。
 目次では34篇のタイトルがずらり並んでいて、つい「罪と罰」から連想されるような、「ある罪悪感」「悪魔を呼ぶ連中」「正義」などを選んで読み始めた。
 一篇一篇読むたびに、脳に刺激が入ってくるようだった。
 笑いながら読み進められるのだけど、読後の土産にさり気なく渡されるものは鋭く、重いものだった。
 怪しい光を放つ一篇一篇に魅了され、わたしは東京・大阪公演中、毎日持ち歩いた。気づいた時に目次を開き、ショート・ショートのタイトルを見て、直感でビビッと来たものを読んだ。
 今回の舞台本番中、読めた本はこの本だけ。
 舞台本番を何度やっても飽きなかったように、同じものを何度も読める、むしろ読みたくなるようなショート・ショート集だった。
 さすが日本文学の大スタア、筒井康隆である。

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