南沢奈央の読書日記
2019/12/23

Why is NO ?!

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撮影:南沢奈央

 悩み多き、忘年会シーズンがやって来た。
 自分から誰かを誘うことはほとんどしないタイプなので、こういう機会にお声がけされるのはもちろん嬉しい。
 だけどわたしは、同級生からの推薦を受けて流れで学級委員になってしまったタイプ。大学の友人に頼まれてレポート課題を書いてあげていたタイプ。お腹いっぱいなのにお店の人に勧められるとデザートを注文してしまうタイプ。そうです、「断れない」性格なのです。
 仕事や予定があって断らざるを得ない時もある。だがそういう時には、誘ってくれた方の良心を踏みにじってしまったような罪悪感が湧いてくる。そして、もう一生誘ってくれないんじゃないかとまで思ってしまう。
 断ると苦しい思いをするのは分かっているけれど、断りたい時もある。予定は空いているが、家に帰って本を読みたい、ドラマを観たい、一人で飲みたい、そんな気分。だが、「今日は本読みたいから」「一人で飲みたいから」と正直な理由を言えるわけがない。そういう時には、「明日朝早くて」とか「仕事が遅くまでかかりそう」と仕事を理由に使ったりする。罪悪感ましまし。
 メールやLINEならまだしも、直接断ることは非常に難しい。最近、大人数が集まっている場所で全体に対して飲み会の案内があり、「行けない人は挙手してください」と言われた。これは厳しい要求だ。行けない時点で後ろめたさがあるのに、行けない意思表明を全員の前でしなくてはならない。敗北宣言を出すようなものだ。わたしはじっとして参加の意思を示した。スケジュールも気分も参加できるタイミングで良かった、と心底思った。

 そんな断ることに悩まされる時期に、わたしと似たような悩みを持つたくさんの人々に出会った。森絵都さんの『できない相談』に収録される短編38篇に登場する人物たちだ。
 たとえば、マッサージ店で予約の電話した際の「ご指名はございますか」に対しての「いえ……どなたでも結構です」に後ろ暗さを感じる人。たとえば、高級時計店で叔父の形見である時計のオーバーホールをしに来た時に、とびきり美人でラグジュアリーな笑顔の店員さんからの見積もり10万円以上の修理の提案に冷や汗な人。たとえば、30年演歌をやってきて、ファンから声を掛けられたかと思うと曲名や挙句の果てに自分の名前まで微妙に間違えられるのを、笑顔で受け止める人。などなど……。
 わたしと同じように「NO」と言うことと闘っている人がいるのかもしれないと思うと、同志を見つけたように頼もしくなった。
 そして、この本の同志たちは最終的にそれぞれの形で「NO」を貫く。かっこいい。
 どうしてそう出来るのかというと、小さくとも“譲れないもの”があるから。信念と言ったら大げさかもしれない。“おばあちゃんの言いつけを守る”くらいでもいい。自分の中のルールやこだわりさえあれば、「NO」と全うに闘える。

 そういえば、わたしにもこの半年くらい頑なに断り続けてきたものが一つある。
 ボルダリングジムの月会員だ。わたしはここ2年半くらいボルダリングにハマっているが、毎回1日の利用料を払ってジムを使っている。「ここまで通っているなら、月会員になった方が得ですよ」と勧められる。月会員になると、通い放題になる。決まった会員費が毎月引き落とされ、自動的に翌月も更新されていく。スポーツジムなどではよくあるシステムだ。
 これは定額制、いわゆるサブスクリプションサービスというものだが、最近身近になったネットフリックスなどの動画サービスにいざ加入すると、純粋に観たい時以外にも、「元を取らなきゃ!」「観なきゃ勿体ない!」という心理になってしまう。こんな人は少なくないだろう。
 こうなることが嫌だったから、わたしはそもそもスポーツジムを辞めたのだ。最初は運動がしたくて行っていたが、徐々に義務感、使命感に駆られて、「ジムに行かなくては!」と苦しくなってきてしまった。だから、一回ごとに利用できる気軽さ、そうすることで、色んなジムに行ける自由度が良くて、ボルダリングにハマったのだ。
 月会員になったら、きっとお得なのだろう。でもならずに、行きたい時に、さまざまなジムに行ってみる楽しさの先に、自分にとって、もっとお金のこと以上の“良いこと”があるような気がするのだ。
 明確な理由があれば、わたしだって断れる。「NO」と言う時には、“どのように”「NO」と言うかじゃなくて、“どうして”「NO」と言いたいのかを考えればよいのだ。

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