南沢奈央の読書日記
2017/05/05

こどもの歯が抜ける日

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撮影:南沢奈央

 「歯を磨きなさい」とお母さんに言われて、「いつか抜けて新しい歯が生えてくるもん」と歯磨きを拒否する小学生のVTRをテレビで見て、ついつい“確かに!”と膝を打ってしまったことがあった。
 森見登美彦さんの「ペンギン・ハイウェイ」の主人公・アオヤマ君も、早く大人になりたいと言いつつも子どもらしい感性の持ち主だ。アオヤマ君も虫歯で歯科医院に通っているが、彼曰く、歯科医院に通う理由は、自分の脳がたいへんよく働くから。脳がエネルギーをたくさん使い、エネルギー源である糖分を摂るために甘いお菓子を食べてしまい、脳を働かせすぎて夜になると歯ブラシも持てないくらいに眠くなって、歯を磨いている暇がないらしい。歯を磨かずに虫歯になってしまう理由の正当化たるや、恐るべし小学四年生。

 “奈央ちゃんの好きなペンギンも出てくる”と、この「ペンギン・ハイウェイ」を勧めてくれた方がいて(別に嫌いではないけれどペンギンが好きだって言ったことあったかなあと思いつつ)、タイトルの可愛らしさにも惹かれて読み始めた。
 確かに、ペンギンは出てきた。“出てくる”の意味が、“登場する”としか思っていなかったわたしは、物語の中、あるところからペンギンが次々と“出現する”ことに驚いてしまった。ペンギンの出現をはじめとして、次々と不思議な現象が起きる。例の論理的なアオヤマ君が観察し、記録し、思考して、仮説を立てながらそれらの謎を解いていく。彼がどんな答えにたどり着くのか、最後までその様子を見届けずにはいられなくなる。
 アオヤマ君の好奇心と探求心は、とてもピュアだ。どうやったら怒らないでいられるかと自分なりに研究をして、「おっぱいのことを考えると心がたいへん平和になる」という結論が出し、「毎日ほんの30分ぐらい考えるといい」と友だちにレクチャーをする。
 アオヤマ君ほどの研究はしていないけど、わたしも小学生の時には、鼻を高くするために、家で洗濯ばさみを鼻につけたり、背が縮まってしまわないようにと、極力体に振動がないように静かに歩いたり、ジャンプを控えていた。だから中学でバスケ部に入った時、バスケをやると背が伸びるという噂を聞いていたけれど、ジャンプしたら関節に衝撃があって背が縮むのではないかというジレンマに悩まされたことがある。結果身長は順調に伸びたけれど、顔面にボールをぶつけて鼻の骨にヒビが入るという経験をした。洗濯ばさみの成果も水の泡だ、と思った。

 乳歯をぐらぐらさせながら大人の階段をのぼっていくアオヤマ君の姿を見つめることは、自分の子ども時代を追いかけているようでもある。最近、わたしの親不知が顔を見せ始めている。それを舌で触ってしまう感覚は、永久歯が生えてきた時と同じだ。もしかしたら自分の子ども時代に触れているのかもしれない。

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