南沢奈央の読書日記
2021/05/14

暮しの成長

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撮影:南沢奈央

 我が家にベランダ菜園の季節がやってきた。今年は茄子、フルーツトマト、枝豆からスタート。茄子は常連、フルーツトマトはトマト苦手克服への一歩、そして枝豆は初挑戦だ。
 それぞれの苗をベランダにあるプランターに植えた。土が乾ききっていたので、水で軽く湿らし、肥料も加えた。
「立派に育ちますように」
 野菜たちの成長を見守る。それが毎年夏が終わるまでの、日々の楽しみである。
 成長といえば、わたしは先月からタップダンスを習い始めている。新しいことを始めるのに勇気が要るようになってしまったのは、いつからだろうか。タップダンスはずっと興味があってやってみたいことの一つだったのだけど、ダンスも苦手だし、怪我したらなぁ……とか、普段はジムだけでなく外の岩でもクライミングをしているくせに、そんな心配をして(理由をつけて)尻込みしていた。
 それが今回夏に出演する舞台で、タップダンスが扱われ、しかも物語の重要な要素となることが分かった。台本のどこを読んでもわたしがタップを踏むシーンはないけれど、これは良いタイミングと思って習い始めたのだった。
 習うぞと決めてタップシューズも購入していったのに、先生からダンスの経験の有無を聞かれて、何故か謝ってしまうくらいに弱気になっているわたしを見て、先生は、
「普通に歩ける人なら誰でもできますよ」
 と言ってくれた。
 なるほどタップシューズを履いて足踏みするだけで、カンカン、と良い音が鳴る。それだけで気持ちが良く、なんとなく楽しくなった。週に1度くらいレッスンに通い、できなかったステップができるようになったり、良い音が出るようになってきている。野菜ほどぐんぐん変化はしないだろうけど、地道な自分の成長も楽しみたい。

 ずっと興味があってちゃんと習ってみたいものをもう一つ、群ようこさんの最新エッセイ集『小福ときどき災難』を読んでふと思い出した。
 それは着物だ。群さんのように、暮らしの中に着物がある生活に憧れる。その第一歩として、まずは着付けを習わなければならないと思う。だけど話を聞くと、着付け教室に行くにも、自分の着物を持参しなければならないのだとか。着物……持っておりません! 
 では、買うか……? でも、決して安いものではないし、そもそもどんな生地でどんな色、どんな柄のものを買ったらいいのか、まったく見当もつかない。となると、着物そのものや文化、歴史についてまずは勉強しなくてはならないのか……、と考えると途方もなく、着物のどこから手を付けたらいいのか分からず、お手上げ状態なのである。
 今回読んだ群さんのエッセイ集は、日々の怒りや日々の楽しみのある暮らしを描いたもの。もちろん着物以外にも、飼っている老猫との、女王様(猫)と乳母(群さん)のような関係性の可笑しいやり取りだったり、プラなし生活を目指してビーズワックスのラップを作ることに挑戦したり、年金や政治家に怒ったり、共感できるような日常の些細な出来事が綴られているので、楽しい暮らしのヒントを親近感を持って得られる。
 その中で、群さんが着物本の撮影のために朝早く出発しなくてはならない日に、寝坊をしてしまって、12分で着物を着て家を出たというエピソードを読んで、驚嘆してしまった。時代劇の時なんかに、わたしも着付けの方に着物を着せてもらったりする。わたしなりにできることは手伝ったりもするし、手が空いていれば着付けの方が2人掛かりでやってくださったりする。それでも、そんなに早く終わったことはない。自分一人で、しかも12分でやってのけるなんて。信じられないことである。
 その他にも、友人から知人の披露宴に着物で行きたいという相談を受けて、一緒に買い物に行ってコーディネートなどをしてあげたり、その後も合う帯を自分の持っている中から探してあげたりと、着物アドバイザー(そんな仕事あるか分からないけれど)のように手厚いケアをしてあげていた。相当着物に詳しく、日常から着慣れていることが窺える。
 調べてみると、群さんは『きものが欲しい!』『きものが着たい』といった、着物エッセイを何冊も出されているということを知った。特に、1年365日着物で過ごすという試みに挑戦したエッセイ『きもの365日』は興味深い。
 群さんへの興味と同時に、着物への興味が膨らんできている。わたしの着物への第一歩も、ここから始まるかもしれない。

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