愛に溢れた殺人
わたしは片仮名が苦手だ。特に片仮名の名前を覚えられない。世界史の成績が良くなかったのも、海外の小説を読み進められないのも、これが理由だ。
だが先日、そんなわたしが手に取らずにはいられないような、海外の小説に出会った。
まず書店を見て廻っていたら、平積みされていた中で目に飛び込んできた帯。
<映画化7回、邦訳6回、永遠のベストセラー!>
今までそんな作品があっただろうか!ここまで映画化されているならば、ストーリーは間違いなく面白いに違いない。どんな話だろうと目を通した裏表紙のあらすじ。
主要登場人物は、何度も警察のお世話になっている風来坊“フランク”、ギリシャ人のオヤジと豊満な人妻。内容は、フランクと人妻が結託して、オヤジを殺害する完全犯罪を計画する、というもの。
事件が起きるのにそんなに複雑ではなさそう!そして登場人物が少ないし、“フランク”なら覚えられそう!というわけで、ようやくちゃんと確認したタイトル。
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』
妙に惹かれた。このタイトルがどういうことを意味しているのか、あらすじだけでは想像もつかない。もうこれだけ要素が揃ってしまったら、読まないわけにいかなくなり、購入した次第である。
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- 郵便配達は二度ベルを鳴らす
- 価格:539円(税込)
スルスルと一気に読んでしまった。
どんな内容かは、先ほどの一文の通り。フランクと人妻コーラが愛に狂う話だ。出会い、惹かれ合っていき、殺害を計画し、実行し、疑い、喧嘩し、仲直りし、裏切り、手を取り合う。理性ではなく、ただ感情や欲で動いている人間を見ていると、あまりに危険でハラハラする。だがだからこそ、目が離せなくなる。
そして何より不思議なのは、ふたりの成功をいつの間にか応援してしまっている自分もいたことだ。フランクとコーラは、自分たちの私利私欲の為に人を殺めるような“悪人”なはずなのに、決してそうは見えないのだ。逆に、被害者である夫や、事件の真相を暴こうとする検事や警察たちの方が悪者に思えてくる。訳者である田口俊樹さんのあとがきから言葉を借りるなら、これは「文学のマジック」だ。きっと健気なふたりが、“運命を共にしたい”という想いを頑なに守っているからかもしれない。それが最も表れていたのが、最後のフランクの祈りだ。ピュアで、とても愛に溢れている。だけど同時に切なさが押し寄せてきて、思いがけず涙が出そうになってしまった。
自分とは時代も国も生き方も違う男女の物語に、ここまで入り込んで読めるとは思っていなかった。だが今、もう一度読み返したいと思っている。ふたりの行く末が気になって一気に最後までたどり着いてしまったが、読み込むべき部分が沢山ある。殺害前に出てくる歌の歌詞の意味は何だろうとか、たびたび登場する猫の存在が何かを象徴しているのではないかとか、郵便配達が一度も登場しない中でタイトルの意図は何だろうとか……。何気なく細かに散りばめられているものを拾い集めることができたら、もっと面白いものに変化していくに違いない。
映画化や邦訳が繰り返され、そして今年はジュード・ロウ主演で舞台化されたことも、この作品と向き合うたびに色んな発見があるからだろう。わたし自身もこれから何度もこの本を開くことで、魅力を更新し続けていきたい。