南沢奈央の読書日記
2018/03/30

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撮影:南沢奈央

 そういえば漫画の読み方なんて、教わったことがない。
 だけど頭上に星が回っていたら、衝突かなんかして目が回っている状態だと分かるし、額に筋のような縦線が何本も描かれていたら、顔が青ざめている様子だと分かる。誰に教わったわけでもないのに、いつの間にかそれらを理解できるようになっている。漫画が好きな人もそうでもない人も、年齢も関係なく、意味は分かるのではないだろうか。これって何だか凄いことだ。
 でも、頭上に回る星や何本もの縦線など漫画特有の表現記号を“漫符”と呼ぶことを知っている人は少ないだろう。わたしも今回この本と出会って、初めて聞いた言葉だった。こうの史代さんの『ギガタウン 漫符図譜』は、いくつかの漫符を取り上げ、意味を説明し、用例を4コマ漫画で紹介するという、いわゆる漫符事典になっている。
 その説明を読んでいるだけでも、日本最古の漫画とも称される「鳥獣人物戯画」をアレンジした、こうのさんの描く味わい深い絵を眺めているだけでも、十分に楽しめる。さらに、登場する愛らしい動物たちが、わたしの大好物のほのぼのとしたやり取りを繰り広げてくれる。ついつい笑みがこぼれてしまう。電車で読んでいて声を出さないように笑っていたら、ただただ鼻息が荒い人みたいになってしまっていた。

 うさぎのみみちゃんに、カエルのあおい君、猿のきい子ちゃんは、仲よし。その三人の性格の違いが可笑しさを生み出す。それぞれの個性が、漫符によってよく現れているページがある。うわの空を表現する、頭の上に描かれるひょろ~っとした線の先に丸と三本線(漫符を言葉で説明するの大変…)の用例の4コマ(105ページです)。そろばん教室で課題を解く三人。途中までみんな、頑張って何かをしている様子を表す、水滴の形のものが頭の上に三つ描かれている。だが最終的にそれぞれの頭の上に描かれているのは、うわの空マーク、♪マーク、汗マーク。諦めてそろばんを足で弄んでいるみみちゃんに、そろばんの音に感動して音楽を奏でているあおい君、最後まで頑張っていたのはきい子ちゃんだけ。でも、自信満々に手を挙げたきい子ちゃんも答えが全然違った、というオチ。可愛すぎて鼻息が漏れる。
 他にも、“ガーン”や“ざわ…”“どよっ”と言った、記号ではない擬音も出てくる。蝉自体が描かれていなくても“ミーン”という表現があるだけで、ああ夏なんだなぁと季節を感じることができるから、不思議だ。漫符の重要性を感じる。すずめの鳴き声である“チチチ チュン”の項目では、漫画でしか成立しないギャグが盛り込まれていて、ここでは鼻息と共にフフという声がつい出てしまった。

 シンプルな漫符だけで、季節、感情、体温、色、速度……さまざまな要素が表現できる。そして読者も正しく想像できる。言葉を覚えるくらい自然に、漫符はすべての人の身体に染みついているものなのかもしれない。
 「おしまい」で明かされる、こうのさんのやさしい思惑通り、わたしはこの漫画を読んで、もっと漫画を読みたくなった。

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