南沢奈央の読書日記
2018/02/16

想いをひとつまみ

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撮影:南沢奈央

 昨年始めた独り暮らしで一番の発見は、料理が好きだということだ。
 実家暮らしだった頃は、正直のところ、全くと言っていいほど料理をしていなかった。調理師免許を持っている料理上手な母が、毎日用意してくれていた。同じようなメニューが続くことはなく、現在でも新しい料理にチャレンジしているほどだ。母の料理を待つのが、楽しみの一つになっていた。
 料理をする必要のない環境で育ってきたわたしが、独り暮らしをきっかけに料理を始めることになった。もちろん初めは、失敗ばかり。舌が痺れるほどしょっぱいホワイトスープを大量に作ってしまったり、完成したポテトサラダがパサパサしていて、一口食べてすぐにアレンジ料理を調べたり……。だがそれでも、料理への苦手意識はあっという間に消え、楽しいと思うようになっていた。
 27歳で初めて知った“料理が好き”という一面は、とても意外だったのと同時に、母から受け継いだものなのかもしれないと思って、嬉しかった。少しずつ料理が上手くなってきたことを実感しながら、やがてまたもう一つのことを発見する。独り暮らしで、料理が一番楽しい。だけど、食べる時が一番寂しい。
 美味しいよと頬が緩むのも、不味いよと苦笑するのも、自分。すると、同じものしか作らなくなり、上手とも下手とも言えない段階のまま、変化がなくなった。わたしは今、料理のスランプに陥っている。

 とは言え、食べることが好きなのは代わりない。
 今週手に取ったのは、先週の『かにみそ』に続き、“肉じゃが”だ。裏表紙に掲げられている「あなたの食欲をそそる一品、ここにあります。」にそそられた次第だ。
 小湊悠貴さんの『ゆきうさぎのお品書き 6時20分の肉じゃが』は、ファンの方が送ってくださったもので、ページをめくると、同封されていたヒノキの香りが漂う。だから物語の舞台である小料理屋「ゆきうさぎ」の店内でも、ヒノキの香りがしているのだろうと勝手に思い込んでしまっている。
 「ゆきうさぎ」には、さまざまな事情を抱えた人々が集まってくる。みな、自分の本当の気持ちに素直になれず、伝えることができないで苦悩している。店主である雪村大樹はそう多くを語るような人物ではないのだが、来店した人はみな不思議と心のわだかまりが解け、想いの伝え方に気付いていく。
 その“想いの伝え方”というのが、料理なのだ。誰かに何かを伝えたくて、料理に想いを乗せていく。上手下手ではない。そういう料理は、お腹だけはなく心も満たすということを、わたしも「ゆきうさぎ」の訪問客のひとりとして、教わることができた。
 
 わたしは、食欲よりも料理欲をそそられた。言い換えると、自分が食べたいと思うより、誰かに食べてもらいたいという気持ちになった。
 料理をしたい。料理が楽しいことだと、言葉ではなく、味覚から教えてくれていた母に、感謝の気持ちを乗せて。

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